令和3年3月の卒業式から

卒業式は最上位のイベント

年間を通して、学校には多くの歳時記的な式・イベントがありますが、生徒本人から見たとき、たった1回しか経験できないものがあります。そう、入学式と卒業式ですね。どちらも忘れられないものですが、3年間を過ごした後、その儀式を以って母校を巣立つことになる卒業式には、より万感の想いが込められることが多いのかもしれません。世の流行歌でも、卒業に絡むものはすぐにいくつか思い出せますが、入学式だとどうかな、となりませんか?あ、ちなみに、卒業式の正式名称は「卒業証書授与式」というのだそうです。卒業証書を校長先生から頂くことが行事の主体ですので、卒業証書については、また別項で述べます。

令和3年3月1日の卒業式

熊高の卒業式は、細部にも伝統と想いが込められています。まず、令和3年3月1日の卒業式写真をご覧ください。(写真は学校の御厚意により提供していただきました)

開式。卒業生全員が着席。会場の体育館には白と勝色の陣幕が囲み、壇上は勝色の緞帳で仕切られています。凛とした空気感が伝わってきます。

陣幕

育友会により母校創立100周年に合わせて作製されました。よく見かける紅白縦縞幕の浮き立つ気分とは異なり、白と勝色との水平線をなす陣幕に由り、その場の空気が引き締まって感じます。

緞帳

平成28年4月16日・18日の熊本地震の際、母校体育館は甚大な被害を蒙りました。その復旧工事の仕上げとして、令和2年に江原会はスクールカラーである勝色の緞帳を寄贈しました。装飾を省いたところが熊高らしくて素敵だと思います。

緞帳が開きました。檀上中央に国旗、金屏風を背にして演壇、向かって右に校旗。鎮まった空間に緞帳が擦れる音だけが伝わってくるようです。

卒業式は、開会の辞、国歌斉唱、卒業証書授与と進み、次は学校長式辞です。卒業証書については、また別項でお伝えしたい事実があります。

越猪浩樹・第26代学校長(当時)の式辞。その横の熊高校旗にも注目してください。

壇上を引き締める校旗

熊本県内の公立高校の卒業式だと、檀上後方に掲揚される旗は、向かって左に国旗・右に校旗、あるいは、左に熊本県旗・中央に国旗・右に校旗を並べて掲げることが多いのではないでしょうか。しかし、熊高の卒業式においては、校旗は壇上後方に掲げるのではなく、同田貫銘の槍の柄に番えて演壇の横に置かれています。このことは別項「熊高卒業式に寄せて」と「同田貫の槍。一幹両枝の物的証し」に記述した通りです。

卒業生代表による答辞は、国旗、校長先生、そして校旗に正対して述べられる。

蛇足 卒業式の日取り

高校の卒業式というと、今では3月1日が常識ですが、資料を見ますと卒業式の日はかなり動いています。熊中・熊高の年表から日付がわかる範囲でいうと、2月23日から3月31日までいろいろです。近年は日付が固定化される傾向にありますが、毎年違っていた時代もあったようです。試しに、今年2月・3月のカレンダーに、過去、卒業式が行われた日に印を入れてみました。本当に一定していませんね。戦時中の昭和17年・18年は2月下旬ですが、昭和19年は3月に、昭和20年は2月に卒業式と年表には書いてあります。でも卒業式挙行日の記載がなく、文字通り、卒業生への卒業証書授与だけが行われたようです。戦後に卒業式の日取りがあちこち動いているのは、これも社会情勢を反映してのことでしょうけれど、進学校である熊高は、何度も繰り返される大学入試改革とそれに伴う入試の実施要領の変更に対応すべく、3月の卒業式の日取りを変更せざるを得なかった、というのが実情ではないでしょうか。

卒業式に出られない人

筆者の時代だと熊高卒業式は3月7日でしたが、熊本市内の県立高卒業式は、学校により日取りが異なっていて、3月1日の学校もありました。昭和54年に共通一次試験が導入される前までの国公立大学の入試日程は、主に一期校と二期校の2群に分かれていました。旧帝大や熊大などは一期校で、その入試は3月3日~5日の間に行われていました。熊高の卒業式は一期校が終わった後でしたが、東大や一橋大では一期校の当時でも独自の一次・二次試験が行われていて、一次試験に通過して二次試験に臨む生徒は、3月7日の熊高の卒業式の日にはまだ試験中でした。よって「名誉ある卒業式欠席」を強いられる生徒が珍しくありませんでした。

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