卒業証書の契印

ネットで熊高のサイトを見ますと、トップページ左側の「メニュー」欄に「校長室より」へのリンクボタンがあります。そこをクリックすると、学校長からのメッセージが日付順に並び、令和3年4月に学校長として赴任しておいでになった牛田卓也先生の訓辞を拝読することができます。記載冒頭が「校長挨拶」で、次に同じ日付で「卒業証書の『割り印』の話」が上がっています。

詳細は、熊高のHPを見て頂くとして、筆者はその記載を拝読して、改めて卒業証書の書面を、文字通り、見直したい衝動にかられましたので、本項では、この熊高卒業証書のことに触れます。

まず、牛田校長先生が書かれている「熊中・熊高百年史」の上巻P.54の該当記事「江原エピソード」を読んでださい。

その上で、卒業証書に押された契印(江原エピソードでは「割り印」と表記)が、卒業証書発行台帳と、どういう関係になっているのかを知るべく、次の画像をご覧ください。なお、契印・卒業証書発行台帳の閲覧や写真撮影は、熊本高校の特別な許可を得てのものであり、通常は非公開です。

新制高校第1回生分から保管されている卒業証書授与台帳と契印

昭和30年(高7回)卒生の卒業証書に押された契印半分と、熊高に保管されている台帳に残る契印半分とが、66年後の令和3年、ピッタリと突合する様子をご覧あれ!

当たり前といえばあたりまえですが、当の本人が自覚していないところで、こうやって卒業生であることを直接的に証明してくれるものが、母校に大事に永久保管されている、という事実に、まず感動しませんか?

熊高の契印

先の「江原エピソード」にあるように、他校においては、卒業証書に押す契印は、「契印」の印影そのものであることも多いようです。篆書体の「契」が台帳に、「印」が卒業証書に残ることになります。ところが、母校では、この印が、他と違って「百里行者 九十里為半」の印影だ、というのです。

脱ハンコ文化の昨今、卒業証書の契印押印自体を廃止する可能性もある中、熊中時代からの伝統を墨守する母校は素敵だ、と牛田校長先生はおっしゃっているのです。

二代目の契印

「江原エピソード」にも書いてある通り、文面は同じですが、刻字体に違いがあることから、初代の契印は、おそらく昭和20年7月1日の熊本大空襲で熊中校舎とともに焼亡*し、戦後の、遅くとも昭和23年3月までに、二代目の契印が作製されたようです。この印により令和の今でも卒業証書と台帳とに契印が交わされているのです。戦後すぐに、この契印を復刻しそれを卒業証書に押す伝統を継続なさった先生方・事務方に、この場で感謝の気持ちを表します。

卒業証書の契印印影。左が初代、右が二代目(現行)

*熊中第4代校長の下間忠夫は、「『わが生涯の哀歓』—教育生活の思い出を語る―」(昭和29年・新教育研究所発刊)に、空襲当夜の様子を詳細に記述しています。そこに「・・・ともかくも学籍簿を取出すことが出来た・・・常に自分が保管している校長印の入れてある印鑑箱を殆ど手探りで机の中から取出してこれも一応退避濠の中に放り込んでおいた」とありますが、退避壕の中のものが、最終的にどうなったかは書かれていません。

戦国策原典との違いの意味

この契印の印影にある文面は「行百里者 九十里爲半」です。典拠は「戦国策 秦策上」から採ったものだ、と「江原エピソード」は言います。その「戦国策」にある元々の文章は、「行百里者半於九十 此言末路之難」(百里を行くものは 九十を半ばとす これ末路の難を言ふ)です。「行百里者 九十里爲半」は野田寛先生による改作であろう、と筆者は想像しています。では、何故改める必要があったのだろう?という疑問が起こりました。そこで、戦国策にあるオリジナルの言葉を、篆刻の契印風にシミュレーションを行い、それをもとに素人考察をしてみました。その仮想契印陰影と熊高の契印陰影を比較してみてください。この印影の下半分ないし三分の二くらいが卒業証書の上辺に残ります。そうすると、原典の言葉をそのまま契印にした場合、「里者 九十」の四文字が証書に残ります。一方、実際の契印だと「里者 里爲半」の概ね五文字が卒業生の手元に残ります。「里」が対句的に見えて最後の「爲半」がそこにあることに大きな意味があるように思えました。卒業証書に半分残る印影にどの文字が残るか、が強く意識された漢語表現が採られたのではないか、と筆者は想像しております。

左は戦国策原典を契印に想定。右は現在の契印

誰が、いつから

「江原エピソード」にあるよう、明治40年の日付がある卒業証書に、この契印が確認されていますので、野田寛先生ご自身の案によるものだろう、と考えられます。この契印が示す寓意は、野田先生から熊中・熊高の卒業生全員へのプレゼントだ、ということになります。

「物事は終わりの方が困難の多いものであるから、九分通りを半分と心得よ。最後まで緊張して努力を続けよ」と。

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