校門秘話

江原会会員の共通原風景

母校の思い出は、人それぞれ多種多様です。恩師の一言、級友との会話、部活の汗など、個々人に固有のメモリーは後世には補填が効かない一生の宝と言えます。では、世代を連ねる江原会会員が共有し、いつでも追体験できる風景・場面はないのか、と問えば、多くの卒業生が「校門」と答えるのではないでしょうか。桜並木。緩やかな上り坂の奥に校舎。その手前、大銀杏を背にして左右に広がる3対の石柱。これらを構図に入れた写真を一目すれば、それが母校の風景であると卒業生は即座に理解できます。

校門の由縁を確認しよう

校門に関するお話は、在校中誰かに聞いた、本で読んだ、卒業後に先輩から聴かされた、など様々な機会を通して、皆さんはすでにご存じのことと推察いたしますが、せっかくの母校創立120周年、2度目の還暦(大還暦)ですから、確認の意味で校門について短文を記します。

藪ノ内時代の熊中

明治32年(1899年)に文部省が中学校令を改正したことにより、濟々黌の生徒数は、同令が定める上限を大幅に超えてしまいました。そこで濟々黌は、第一濟々黌と第二濟々黌とに二分割されることになりました。明治33年(1900年)2月、第一濟々黌は黒髪の新校舎に移り、同年4月、第二濟々黌は藪ノ内(現ホテルキャッスル熊本)に残る濟々黌の旧校舎で開学を迎えました。そして同年12月に第二濟々黌は「熊本縣立熊本中學校」となりました。この当時はその門柱に校名を墨書した門札がかかっていたそうです。

下馬橋と行幸橋

明治35年(1902年)11月、明治天皇の天覧の下、熊本で陸軍特別大演習が行われました。その間の天皇行在所は熊本城内の第六師団に置かれた大本営内にありました。11月11日夕刻、春日停車場(熊本駅)に着いた宮廷列車を降りた明治天皇は、そこで馬車に移乗し、半時間ほどの行幸を経て行在所に入られました。城内に入る馬車は行幸橋で坪井川を越えそのまま真っ直ぐに行幸坂を登りました。実はこのルート、この行幸のために新規に整備改良されたものでした。それ以前には、行幸橋の30mくらい上流に架けられていた下馬橋を渡ると馬具櫓と書物櫓との間で鈎状に曲がる隘路を通り南坂の急登坂斜面を経て南大手門に至る道筋でした。下馬橋、南坂、南大手門のどれもが天皇を乗せた馬車の通過を物理的に阻害します。そこで橋を架け坂の傾斜を緩め道幅も広げて、と大工事を施し馬車が真っ直ぐ上がれるようにしたのです。

下馬橋橋脚石柱を貰い受ける

下馬橋は川の中央部が高く両端が低いアーチ型の橋で8組16本の石柱が橋脚として使用されていました。解体された下馬橋の部材は不要となり現場に放置されていましたので、野田寛先生がその内の3組6本を熊中に貰い受けることとされました。これが後に校門の門柱となるものです。解体現場から熊中(当時はまだ藪ノ内)までは生徒が荷車に乗せて運びました。橋の架け替え工事の現場は、当時の熊中から400mくらいしか離れておらず、野田先生や生徒たちは、坪井川の流れの先にその様子を、毎日目撃していたことになります。

熊中の大江移転

明治37年(1904年)10月30日、大江村の新校舎が落成し、熊中は藪ノ内から大江の現在地に移転しました。学校は熊本の旧市街地や陸軍施設に背を向ける形をとり、正門は南向きになっていますが、当時、正門の先には道路と言えるものはなく、畑と田んぼが広がりその畦道が通学路になりました。橋桁だった石柱校門はその時からずっとそこに立って幾万人の生徒の成長を見守り、すべての卒業生の母校原風景として心に刻まれ続けています。

門札がない校門

石柱の校門には今日に至るまで学校名を示す門札が掲げられたことがありません。門札など必要としない素晴らしい学校たれ、という野田寛先生の思いがそこに込められているのではないか、との説が広く支持されています。つまり、この学校においては、生徒や卒業生それぞれが熊中・熊高を示す存在であり、熊中・熊高の生徒・卒業生は「生きた門札」であれ、という気持ちがここに表されているともいえます。往年の卒業アルバムを見ると、時に、この門柱に上がり腰かけてグループ写真に納まっている輩がいるようです。大いに反省して士君子たる修養を続けていただきたいものです(笑)。

母校を再訪し門柱を觀察しよう

先に述べたように、門柱の前身は下馬橋の橋脚でした。明治以前、坪井川の舟運は城下のこのあたりまで伸びていました。舟はその縁で橋脚を擦過し、橋脚には削れが生じます。門柱となった今でも、その削れは目視できます。削れは、世の荒き流れにもひたすら耐え、自らの責務を黙々と果たせ、という野田寛先生の暗示である、とも言われています。母校を訪れたとき、門柱の削れに手を当て、その教えに触れてみるのもよいのではないでしょうか。なお、門柱上部の一か所に「明和三年戌正月」の年月号が彫られていますが、かなり風化してきているので今のうちに確認しおきましょう。

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